蠅の女王

小倉涌 画家 美術家 アーティスト 歴史画

現代美術における引用と、歴史文化の「動員」


 昨年12月19日、東京本郷にて、『歴史を描くこと ―絵画と、漫画や映像のストーリー芸術と―』というトークイベントを開催しました。漫画家の速水螺旋人さん、社会学者の北田暁大先生、社会学者の稲葉振一郎先生にご登壇頂きました。
 私の提示した「美術で正史を描くとはどういうことだったか」で時間が押してしまって、ストーリー芸術における偽史ものの話があまり出来ず、問題提起の前の段階の、背景説明の段階で結構時間使ってしまいました。ストーリー芸術の話をして頂くのが短い時間になり、残念でしたし、皆様に申し訳なく思ってます。
 私の発表は、なにぶん美術史専門家ではないので、自分が直に鑑賞した作品について同じ描き手としてどう考えたかを中心に、あとは調べたことを付け加えました。
 私の一通りの発表後、北田先生と稲葉先生から「考えるポイントが幾つかありました、」と言われましたが、時間の関係で「HOW(いかに描くか)」と「WHAT(何を描くか内容)」の問題についての一点だけ触れられました。(HOWとWHATの話については来月に書きます。)


 「偽史を描くとはどういうことか」については、私も連作作品で偽史を描いてはいますが、ストーリー芸術での事例の知識が乏しく、稲葉先生からは存在論の話も出て、自分の手に負えないところがあります。ひとまず、ここでは「正史を描くとはどういうことか」の内容と、そこに至った問題点を上げておきたいと思います。

歴史ものと時代もの

 レジュメを考える際、稲葉先生のご著作『モダンのクールダウン』を手がかりに、また、途中で稲葉先生から直接、助け舟の手がかりを頂きまして、歴史と言っても時代ものではなく「歴史もの」について話すこと、「正史を描くということ」と「偽史を描くということ」の二つを二本柱立ててみるということにしました。
 ちなみに「時代もの」とはつまり時代劇の類いのことで、稲葉先生曰く「終わらない江戸時代(終わらない夏休み、終わらない学園生活と同じく)」、ローカルなお約束とガジェットを弄くったり操作することによって形作られる物語であると。ファインアートでは、山口晃さんの作品がまさに「時代もの」に当てはまるかもしれません。著書では、時代ものに類うものとして、ジャンルSFやジャンル・ファンタジーが取り上げられてもいます。


 最初私がずいぶん悩んでしまったのは、美術の方から何か話をしようと思っても、良い例というのが中々浮かんでこないことでした。観に行った展覧会数が少ないせいもあるのですが、現代の作家の話がなかなか良い例が思い浮かばない。打ち合わせの段階で、ストーリー芸術の話で盛り上がってるところへ、美術の方ではこうですという話がどうも挟みにくいなと感じました。19世紀歴史画からのナショナリズムオリエンタリズムとの関連について話をしようかとも思ったのですが、これも、私だけでは荷が重いテーマでした。例えば歴史画の衰退を招いたのは何だったのかな、と考えてみますと、まず絵描きたちが正史を描くことを担おうとしてきていたこと、そして1930年代からグリーンバーグモダニズムの批評家から歴史画、リアリズム批判が出てきたと。抽象表現の隆盛と現在の狭間に、コンセプチュアルアートがある、という流れが思い浮かびます。現在、日本では戦争や戦争画をテーマに発表しだした日本の作家はいますが、いきなり「戦争」といっても「今の自分等にはリアリティも無い」という実感から出発せざるをえず、とりあえずアートの文脈とやらに沿わせて、せいぜい異なったコンテクストのモノ同士でくっつけた「萌えと戦争」「カワイイと戦争」や、自意識系の作品が、『美術手帖』2015年8月号*1や、『戦争画とニッポン』*2という本でも紹介されています。「そんなのセカイ系でしょ、もう古い」と指摘がされました。セカイ系とは、主人公の自意識と戦争状況などが直結してるような、中間の背景が無く、自分と超遠景の背景しかないという構造の漫画やアニメを差しますが、そうしたセカイ系が今まだ連綿と、漫画でもファインアートにおいても出てきています。特にファインアートで、そこからまた歴史画やろうかという人が果たして出てくるのか、面白い表現が出てくるのかは、よく分かりません。
 また稲葉先生から「なぜ歴史画を現代にやるのか、小倉さん自身は未だ分らず踏み出しているのではないか」と訊かれたのですが、育った環境で近現代史に子供の頃から関心を持つようになったのと、情操教育に熱心だった親に古典の美術展をよく観せてもらっていたので目だけは肥えていたのと、ポストモダニズム以降、リアリズムの具象で近現代史を扱ったりストーリー性の強い絵画をやるというのが国内外でもちょうど空席状態だった、といった戦略的理由もあります。確かにジャンルとして廃れたリアリズムの歴史画を今やるとなると、構想をよほど固めておかないと、一見して風俗画と区別されないものになります。また、もう一つ、北田先生と稲葉先生に指摘頂いたのは、歴史的出来事には既に強い引力があり、その引力に作品が負けるということは考えられないか、と。その指摘について、また後ほど考えてみたいと思います。


 当日の話では、「正史を描くこと」の前に、戦後、近現代史を扱った作家・作品の紹介をかいつまんで致しました。
 その次に、正史を描いたものとして、明治神宮聖徳記念館絵画館についてと、藤田嗣治戦争画
 その次に、フランスの美術アカデミーとロマン派について。この3つに話を分けました。
 この日付では、戦後の近現代史を扱った作家について、話したことと、新たに内容を付け加えて書いていきます。内容は、森村泰昌さんと、昨年開催されたディン・Q・レ展についてに、絞ります。
来月再来月に、「正史を描くこと」の内容を書き出したいと思っております。

森村泰昌と、引用のスノビズム

 セルフポートレートで歴史の中に入り込む作風では、シンディ・シャーマン森村泰昌さんがパイオニアでした。後に1994年『フォレスト・ガンプ』という映画が公開されました。

"Untitled Film Stills" Cindy Sherman 1977年

 『Untitled Film Stills』シリーズはシャーマンの出世作になりました。上の一点では、架空のヒッチコック映画のスチール写真のようです。
『なにものかへのレクイエム』シリーズ 森村泰昌 2006-2010年

 
 森村さんの『なにものかへのレクイエム』シリーズは兵庫県立美術館での大々的な回顧展で観ました。マッカーサー天皇会見の引用のですが、私のものとは半年くらいの僅差で、森村さんに先を越されてしまいました。まあ内容はまた違うので良いかなと。
 チャップリンの『独裁者』、三島由紀夫の檄、アンリ・カルティエ=ブレッソンが撮った尋問されるゲシュタポ女性。他に、1920年のレーニンの演説を模して釜ヶ崎で撮られた映像も出品されていました。
森村泰昌 『なにものかへのレクイエム(VIETNAM WAR 1968-1991)』2006年

 これは南ベトナムの少将がゲリラを処刑している有名な写真の引用ですが、1992年にタイのアーティストで、ベトナム戦争時の有名な報道写真のパロディを、写真作品にして出してる人が既にいます。
Manit Sriwanichpoom 『Be Links』シリーズ 1992年


 今のアートシーンで、歴史をテーマにしてる人となると実際少ないと思うのですが、こうした歴史的場面をモチーフにしたとか美術史上の有名作品を引用した作風となると、アートマーケットではよく見られる傾向があります。

 上の2点はニューヨークのチェルシーで観た作品で、クールベの『世界の起源』引用と、右が、中国で縁起物として描かれる馬を模してますが、金網で作られています(この作家さんだけ名前が分りません、すみません)。*3
 真ん中左は『メデューズ号の筏』、右は台北のフェアで出品されていた大作で、山水画を模してますが、虫ピンを点描状に刺して形作られています。下2点は同じく台北のフェアにて、左はタトリンの第三インターナショナル塔で、右は唐時代の俑ですね。いずれの作品も完成度はとても高いものです。あと、ニューヨークのミッドタウンでは、毛沢東のアイコンを使った違うアーティストによる作品が何点も見られました。こうした、美術史の引用ということでは、似た表現が各国で今後もドンドン出てくるでしょうし、ほとんどの場合、スノビズムとパロディの域です。一方、アートを買う客側にとっては「ラグジュアリーなアートが欲しい」のであり、ラグジュアリーさということであれば名作の引用・スノビズムであっても充分なのであり、私にも「自分の室内を飾る」ことを考えれば、そうした消費者側の気持ちはよく分かります。そうなると、あとはひたすら、手法(HOW)のバリエーションで差別化するしかない。そして私も引用を多用していますが、引用は、見る人に伝わり易い利点がある反面、こうしたただ横に広がるバリエーションを追求することに、なり易い。思わず、引用を詰め込んでもスノビズムには陥らなかったゴダールを、改めて尊敬してしまいます。


 また、歴史を扱った作品というと、私もそうですが、リアリズム表現と結びつきます。リアリズムといっても再現描写を目指すだけなら、それはまさにグリーンバーグが批判していた「キッチュ」に他ならないでしょう。絵画のリアリズムについては、改めて再来月に書き出したいと思います。

歴史文化の「消費」と「動員」


 今年の森美で展覧会のあったディン・Q・レという方ですが、元は南ベトナム出身で、ベトナム戦争後まだベトナムにおられたようですが、ポルポトの侵攻を避けて1978年にアメリカに渡ったという方です。枯れ葉剤による結合双生児や共産党などベトナム戦争を題材にしてますが、彼はアートワールドで成功するにはとりあえず「アートの文脈」とやらに乗せねばならないと考えたのか、その結果こうしたポップな表象に行き着くという、スーパーフラットポストモダンにおいては何でもポップで趣味的(共産趣味など)になってしまう、そこがなんともモニョモニョする展覧会でした。



 ここで創作であり且つ「消費されている」という言葉を使いたくなるのです。コミックやほとんどのストーリー芸術の場合、複製による鑑賞が基本であり、オリジナルに対し「礼拝的鑑賞」とかサイトスペシフィックの問題があまり起こらないので、ディン・Q・レの一連の展示内容が漫画として発表されていたら、私もあまり気にならなかったかもしれない。森美術館のような場所に展示されたとたん、何かイヤらしいものになってしまう。いわゆる「ホワイトキューブ批判」ですね。
 先に紹介した第3インターナショナル塔を模した作品も、タトリンやソ連の歴史に所縁のある人の元・場所にあるのでなく、所縁の無い現代作家がアートフェアとかに出展されていると、「タトリンが動員されてる」とか「歴史文化が消費されてる」という感じを持ちます。ディン・Q・レ展にしろ、アートワールドの文脈に則ってると観てしまうと、途端に「消費されてるな」と感じる。

モダンのクールダウン

モダンのクールダウン

 この消費というのはどういうことかですが、稲葉先生は『モダンのクールダウン』の中で、アレントによる「労働」「仕事」「行為」を導入にして、芸術の消費について書かれていきます。アレントで、この「消費」に対置されるのが「公共性」と説明されます。そこでは、「労働」に属するものが娯楽、「仕事」「行為」に属するのを文化と位置づけ、娯楽と文化を峻別させています。娯楽は生存のために必要なものとしています。

アレントのイメージでは、「労働」とは物質代謝であり、そこで生産されるものは生存のために結局は消費されて、消えてしまう

 アレントマルクスだけでなく、ギリシャ哲学における労働観も念頭にしているようですので、娯楽は生存のための休息として考えられ、対して文化は「生存のためにやる労働から自由」な状態での活動や創作ということになります。

(…)彼女にとって今日の大衆社会における「文化の危機」とは、消費の対象としての娯楽が商業化されて公共世界の前面を占拠してしまい、文化・芸術の生息の余地を狭めてしまうということそれ自体ではありません。そうではなくて、文化・芸術が商業的消費の対象とされてしまう、ということです。

本格的な文化の破壊は、単なる文化の商品化を通り越し、文化が商業的娯楽生産のための資源として乱獲され、搾取されるところからはじまるのです。

 消費と似た意味合いで「搾取」という言葉もありますね。

 アレントの話を部分的に抜き出すと誤解が生まれそうな気もしてきたので、アート関係の方には実際にこの本を読んで頂きたいのですが、「消費」から芸術の「所領から資本化へ」という話に移ります。それは、ロザリンド・クラウスの『オリジナリティと反復』にて「最初の近代芸術」と書かれたロダンの「地獄の門」の例も思い起こさせます。

可動性とは売り買いできること、換金できることであって、その存在意義はもはや世界の部材となることではない。売れるということは、換金されてそれ自体としては消滅する、ということである。つまり全面化した商業世界の中には、「作品」を消費材に、つまりは「仕事」を「労働」に買えてしまう力が働いているのです。

「作品」が消費材に変わるということは、また同時に財産が公私の境界を構築する、いわば「所領」から、単なる商品としての「資本」へと転形する、ということでもあります。このように考えるならば、娯楽と文化の対比は、「労働=(資本主義的商品)」と「仕事=作品」との対比に、ちょうど対応する、ということになります。

 この芸術作品における、所領から資本化への話は、西欧の政治思想史等の知識を経ないと、なかなか理解されにくいかもしれません。芸術界隈ではすぐベンヤミンアウラの話になるところですが、文化や芸術作品も近世までの場所に由来した「所領」から近代以降の資本化とは、固有性を亡くし、等質な商品の連関へと投げ込まれるようになったことである、と。そして資本化から、物量的動員による「テーマパーク型環境」の所与性の問題(または動物化)へと本では繋がっていきます。
 
 私が芸術作品に対しなにがしかの由縁にこだわり、自分の創作においては、知識の詰め込みによってその作品を作った「由緒」のようなものを強引にでも作り上げ制作するという、端から見るとどうでも良いと言われそうですが、まどろっこしい手順を踏むのは、こうした西欧政治思想などに親しんだことの影響はあるなと改めて思った次第です。



 来月再来月に、今回の続きで、「正史を描くということ -藤田嗣治戦争画」、「正史を描くということ -アカデミズムとロマン派」について書き出していこうと思います。

*1:

美術手帖 2015年 09月号

美術手帖 2015年 09月号

*2:

戦争画とニッポン

戦争画とニッポン

*3:チェルシーに行った時の記録:http://d.hatena.ne.jp/YOW/20110909/p2

彷徨えるイコンと、彷徨ってるわけではない私


 あけましておめでとうございます。
 昨年は、社会の芸術フォーラムに大抜擢頂きまして、色んな出会いに恵まれた一年でしたが、年の前半は下描きの制作と模型制作、後半はロマン派等について勉強に偏っていたので制作は遅々として、これから100号4枚完成させるために、速筆のドラクロワ先生に降りてきて憑いてもらわねばなりません。


『イコン』2014〜2015年 F25号、テンペラと油彩の混合技法

 2014年から2015年年明けに描いたこの絵。二月革命シリーズの一枚です。そう言えば、↑この作品タイトルをまだちゃんと決めてないのです。仮のタイトルです。
 二月革命シリーズでは色々年表書いたりして悩んだ挙げ句、政争的な場面は一切カットして、宗教アナーキズムや、マイノリティ宗教とメシアニズムの草の根運動、あとは革命前後のバレエ・リュスやエイゼンシュテインなどのロシア芸術に着目することにしました。
 背景はマレーヴィチによる有名な「0,10」展の引用、「0,10」展自体が、ロシア正教での「イコンコーナー」を模したものになっていました。

Kasimir Malevich(1915)

Vasili Maximov (1881)


 「ロシア革命、ソヴィエト史関連収集」http://togetter.com/li/439809?page=14 にて色々調べてたのを元にしてるんですが、自分の専門外のことゆえ、自分の言葉では表現しづらく、ツイートの引用のみ挙げておきます。トルストイのキリスト教ユートピア思想と、日本の農本ファシズムが繋がっていったりして面白いのですが、どこまで作品に反映できるか(笑
 あと、「いかに描くか:HOW」と「作品の内容:WHAT」の話を先日のトークイベントでしまして、今続きを考えたりしています。



 それでは、本年もよろしくお願い致します。

配布資料:古典画法油彩作品の断面図とテンペラの説明


 先日、『歴史を描くこと ―絵画と、漫画や映像のストーリー芸術と―』というトークイベントをしまして、今、その話のまとめを書き出そうとしているのですが、1週間経ってしまいましたので、先に絵画技法について配布した資料だけ、公開しておくことにしました。参考にしたのは、佐藤一郎さんの下の二冊の解説です。


絵画技術入門―テンペラ絵具と油絵具による混合技法 (新技法シリーズ)

絵画技術入門―テンペラ絵具と油絵具による混合技法 (新技法シリーズ)

藤田嗣治の絵画技法に迫る:修復現場からの報告

藤田嗣治の絵画技法に迫る:修復現場からの報告



印刷の場合はこちら:https://docs.google.com/document/d/18G8cFFOPs10LPSyTeNKG9PD9n75SRA5wYzQ40tLNqyY/edit?usp=sharing


関連記事:『今日は、作品の技法といつも使ってる画材、制作道具をさらしてみる』http://d.hatena.ne.jp/YOW/20141019/p1

『歴史を描くこと ―絵画と、漫画や映像のストーリー芸術と―』というトークイベントをやります。

 facebookでもイベントのページを作成してみました。https://www.facebook.com/events/574729416008983/

 この度「歴史を描くということ」というテーマで、トークイベントをすることになりました。2015年12月19日(土)、東京大学本郷キャンパスにて、15:00〜18:00です。申し込みフォームはこちら:http://skngj.blogspot.jp/2015/12/talk-1.html
 定員がありますのでどうぞお早めに決断して下さい。


 社会の芸術フォーラムの発起人としてこの5月から参加させていただいてるのですが、北田暁大先生から「小倉さんも何か話してね!」とお声かけていただきまして、じゃあと、ここぞとばかり厚かましくも、稲葉振一郎先生、漫画家の速水螺旋人さん,北田暁大先生にご登壇いただくお願いをしました。


 北田暁大先生とは、2014年10月京都で初めてお目にかかったのですが、京都SFフェスティバルの夜の部で、Twitterアカウント「しんかい」さんと北田先生とで「東浩紀さんの動ポモをdisる会」、Σ(゚Д゚)アッじゃなかった、正式名称が「東浩紀大論戦」、という催しがあって、そこへ私が聴きに行ったのがご縁となり、私という存在を北田先生に知って頂き、フォーラムへもお声かけて頂けるようになりました。


 この「歴史を描くことについて」というテーマを、私から申し出たのですが、なにぶん大きなテーマなので、結局私が扱いかねて迷走しておりましたのを、稲葉先生に助け舟を出して頂き、正史を描くことと偽史を描くことという2本柱を立てる、ということに致しました。 


 余談ですが、稲葉先生と北田先生と3人での打ち合わせあった時、第二回フォーラムの打ち上げの宴席で打ち合わせも兼ねたのですが、北田先生が
「歴史やるんだったら、ガンダムの話でやるのはどうか」と仰って、
「とりあえず、ジオニズムとは何だったのか」
「連邦史観をひっくり返さないといけない」とか仰って、
「あ、なんなら安彦良和呼ぼうよ!」となりまして、
一瞬私も「えええーっ?♥」となったんですが、しかし
((((( 安彦良和呼んじゃったら、私なんかもう全然関係なくなるじゃないですかっ!)))))
(((( 北田先生は結局、稲葉先生とガンダムの話したいだけだ!!))))
とも思いまして、
「じゃあ、ガンダムトークの横で私の方はサイバラ呼んで、速水さんとサイバラとで、人生画力対決をします!」って返し、
その後も「萩尾望都も呼ぼうよ!」といった話が続き、
で後日、「私がワケ分からなくなるので、これ以上有名人は呼ばないでください!!。・゚・(ノД`)・゚・。」
とお願い致しました。第2回シンポジウムの時でも、北田先生は急に壇上で赤い彗星の話をしてたし、私も安彦ガンダムの話が出たら面白いなあと思いつつ。


 自分が歴史画をやってるからということで、この企画だったのですが、ストーリー芸術では幾らでも秀作が挙げられるけど、美術においてはなかなかポジティブな?良い例というのが挙がらないなと。一つはロマン派以来のナショナリズムとの問題もあったり、戦争画とかイデオロギーとの連動があったりで、その政治状況が一旦退くと後世に評価が残りにくいというのがあるのかと。最近、日本の戦争画の再評価の動きも盛んですが、読んでると、今までの議論の積み重ねが生かされてないんじゃないかと、私も思ったしTwitterでもそうしたご指摘を頂いたりしました。


 ストーリー芸術の方の話については、打ち合わせの時に速水等先人さんと稲葉振一郎先生とで話題に出てきた、タイトルは知ってたけど未読だった漫画を抑えておこうと『風雲児たち』『ベルセルク』『乙嫁語り』『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』『ヴィンランド・サガ』を読む強化月間となりました。
 

 漫画家の速水螺旋人さんとは、もう2008年からTwitterの相互フォローでして、Twitter上ではもう何度もやりとりしたこともありますが、ただ、オフでお目にかかったのは、打ち合わせが初めてでした。絵がほんと可愛くて、『大砲とスタンプ』大好きです。いつかお会いできたらいいなあと思っておりました。時々速水さんが読んだ本や見た映画の感想をTwitterで流して、「マストお奨め。」と書かれるのを見て、私もそれを参考にして私も観たり、しておりました。



 フォーラム運営のメンバーの皆様には、企画が立込んでる中ご尽力頂きました。末尾ながら、本当にありがとうございます。
 

戦後70周年だから、私の描いた戦後日本テーマの作品をどこかに出展出来ないだろうか問題。


 ということを昨日急に思い立ちました。申し遅れました、わたくし、歴史画をテーマに古典技法である油彩テンペラ混合技法で描いております画家です油彩テンペラ混合技法について。2010年から2012年にかけて、東京で2回大阪で1回「マッカーサー」「八月革命」といった日本の戦後をテーマにした個展をしましたが( 作品画像:http://www.yowogura.net/#!j-mcarthurs-children/c2075、それ以来、海外のアートフェア等で展示はして頂いたけど、シリーズものとして見せる機会が無く。70周年なんでまた人々の意識も温まってるんじゃないかという気がふとしまして。個展という形式ではなく、「戦争」等をテーマにした企画が起こってないか検索しても、特にまだ何も引っかかってこない。自分が企画先導しろという話ではありますが、次回の『二月革命展』(仮題)の制作でいっぱいいっぱい、かもしれない。(あと、甥の進路相談とか) 企画はしんどいけど自分で営業に廻るくらいはやってみようかなと。嗚呼、世の中舐めてますか?私。SEO対策でブログ書いておこうと思った次第です。2012年に書いたマッカーサーシリーズのステートメントをここでもう一度貼ることにします↓。





▶ 今日の歴史画 -私は何を為すべきではないか-   2012年11月5日


『TOKYO P.X.』 F100号 パネルに油彩とテンペラの混合技法

タイトルは岡本太郎の『今日の芸術』をシャレております。作品掲載のサイトは現在新装開店準備中です。

個展に至るまでについて

 10月5日から27日にかけて unseal contemporary で個展『マッカーサーの子供たち -八月革命-』を開催、これで自分のマッカーサーシリーズをいったん終える事とした。
 数年間のスランプを経て歴史画というのに至ったきっかけは、なんとなしに描いたこの絵だった。これを印刷して名刺代わりにすることを思いつき、そしてある学芸員さんに会った時に「今度マッカーサーで個展やろうと思ってるんですよ!」と口をついて出た、というのが一連のスタート地点となった。あの瞬間、自分で言っておいて内心で驚き、まるで天啓でも降りたような心地だったのは覚えてる。

 そもそもは、私が未就学の頃から情操教育に熱心だった親が美術館によく連れて行ってたので、古典芸術に親しんできたこと、家に沢山あった雑誌『アサヒカメラ』などからフォトジャーナリズムや戦争写真に関心を持つようになったこと、歴史に関心を持てる家庭環境があったこと、などが素地としてある。
 またスランプだった時期に、法律家が中心となったアメリカのアフガン・イラク攻撃反対運動のためにポスターデザインの提供をして、そこから国際人道法など法に対する関心が出て、自分でレポートや本を読むようになった、というのもある。
 その他、様々な素地と知識が交わって、歴史画という手法を思いつくに至った、というのはすでに個展のステートメントhttp://d.hatena.ne.jp/YOW/20120902/p1でも発表した。

歴史画制作での「消極性」

 私は本を読んでも映画を観てもレクチャーを受けても、そこから、作品に積極的に盛り込めるヒントを得るというよりも、学べることのほとんどは「まず何を為すべきではないか」の、いわば規範である。
 2回の東京展のために広島の平和記念公園やハワイのパールハーバーへ取材に行ったが、実地で見聞きした物事が自分の表現に盛り込めることもあまり無かったりするもので、本を読んでも映画を観ても、ただ「作品上で◯◯すべきでない」という、どこまでも至って「消極的」な確認になるのがほとんどなのであり、細かな「〜してはならない」をおさえた後にやっと「積極的」な表現が出るものである。
 実はこうした慎重さは、何よりも、サイエンス・フィクションの小説家やコミック、映画などから学んだ創作態度であり、私も政治SFであることを目標にしている。
 そしていかにプロパガンダやカウンターではない表現が出来るか、ノスタルジーに依らないか、「祈りを捧げる」ことに依らないか、といった否定からしか、古典とは違う新しいことも出来ない。
 祈りはしない呪物崇拝(後述)的にやらない、という縛りを課さないと、新しいものにはならない。祈りをシニカルに描き、呪物からも距離を置く態度をまず出さなければならない。しかも、大衆に訴えるプロパガンダでもない、という「〜でない」という否定からしか、何も出てこない。

 そして、自分のような日本のマジョリティとして生まれた者は、今回のように戦争をテーマとするのであれば、60年以上もの平時が続いて稀な豊かさを享受してきた先進国市民で、この平時がなぜ成り立っているかということこそ、内容に盛り込むのが今のところベストであると思っていて、この国に住むことで享受しているリソースの豊かさはガンガン積極的に活用すべきだ、とも思っている。

「祈り」と「賭け」

 
 今回作中に右のようなデザインのカードを登場させて、乙女たちが千羽鶴をチップにして賭け事をしている、という状況を描いた。(デザインの発想段階では、中世キリスト教美術に見られる三位一体の表象とベンヤミンの「歴史の天使」*1とがあったのだが、結局は今回のテーマでそれは直接には関係してこなかった)カードの登場する意味についてお客さんからよく質問をされた。意味するところとしては、「祈るしかない」ということと「賭ける」というのは、「具体的な方法や打開策を打ち出すことをなるべく先送りにする」「最後にカードを引いてしまう者が負けなのでババを先送りにする」という、似たものとして発想していた。同じ場面に千羽鶴という祈りのシンボルと、ポーカーのカードが共に描かれてることで、祈りを捧げるための理想化された乙女たちの姿の意味するところが、祈りのある種のヒロイズムと、打算的で建前であるという二方向に分裂するような効果を狙っていた。
 


 千羽鶴も祈りを捧げる乙女の像も、それは呪術での依り代・トークンのような機能をしており、千羽鶴を折ることや無垢な乙女の像を掲げることで、人々は平和へのなんらかな打開策・効能を心から信じているわけではないのだが、トークンとしては流通している。

  また、このブログを書く前に山形浩生氏の美術雑誌での記事『アート・カウンターパンチ』(http://cruel.org/diatxt/)を読んだのだが、正直全面的には同意できる内容でなかったが*2、「ある社会問題に依拠した内容のアート」に対する批判自体については首肯する。そこでは、私もNYで観たあるアフリカの像を例に語られていた。


 昔、ニューヨークのグッゲンハイム美術館でアフリカ民俗アート展というのをやっていて、そこに展示されていた呪い人形の衝撃をぼくは忘れることができない。それはこんな、粗雑な木彫りの人形だ(文字通りの木偶、ですな)。だが、そこには釘やらブリキ片やら、無数の金属のかけらが打ち込まれている。作った人が、相手に対する呪いをこめてその金属片を次々にうちこんでゆくのだ。それがもたらす心の不穏さは、ちょっと並の美術品なんかでは太刀打ちできない。


 その前後のアートの合理性/不合理性についての話は、ここでの「千羽鶴などのトークン」の話と直接関係ないように思われるかもしれないが、関係している。アフリカの呪い人形は、その効能については確信をもって制作され、活用されている。だから、現代のアーティストの創意では到底創られ得ない不穏さが漂っている。それは「呪い人形がある必然性」が我々の社会にもはや無いからだ。
 一方で、千羽鶴や祈る乙女像、またはアートに、平和問題解決のための合理性も必然性も無いということは、制作者も観る人々も心では理解しているにもかかわらず、トークンとして活用しようとしており、いわば、アフリカの呪い人形とは違って、制作上のステートメントと内心での確信とが乖離しているのである。こうした心理的現象は、マルクスの通貨論に登場する「呪術崇拝」と合致してる。呪術崇拝とは、腹の中では貨幣を「ただの紙切れにすぎない」ことを理解しているがトークンとして皆が信じていることを信じている、という現象をいうものである。そしてトークンである紙切れは最終的には「ババ」に過ぎないかもしれなく、最終的な価値付けはドンドン先送りされていく。そうしたマルクスの貨幣についての考えが、千羽鶴とカードのアイディアのベースにはあった。
 もう一つは、カイヨワの宗教社会学的な遊びと占いの考察も当初ヒントになっていたが、これについては私の理解よりもはるかに@さんの記述の方が深いので、後述にて紹介する。


  作品の構想段階で、私は反戦や平和をテーマとしたアートや、野坂昭如などの反戦児童文学を観ていった。そこでよく感じられたのは、石原慎太郎が制作総指揮した映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』といったヒロイズムの作品とどこか通底しているということだった。(件の映画は全然観ていないけど)上の山形浩生氏も書いているように、まるで無垢な犠牲者の語りを成立させたいがために、カタストロフという壮大な背景を必要としているかのようで、日本ではやがて『エヴァンゲリオン』や『最終兵器彼女』といった作品が生まれることになる。どちらの作品でも、もはや遠景で行われている カタストロフの理由は明示されず、近景で、か弱い少年少女の痛みや悩みが繰り広げられているのが、ダイレクトに遠景のカタストローフと連なっていく。(エヴァは私も大好きですけどね。)私としては、そうした少年少女がいるとしても、それに対し心を痛めるというのを素で盛り込むのではなくて、その通底しているイビツな心性自体をまず見せるという、メタな表現をとるのがベターだと思ったわけだ。今回の作品群でそれを出し切ってるとは思えない。まだこれから繰り返し取り上げていくことになると思う。
 同時に、エヴァや最終兵器彼女、あるいは『機動戦士ガンダム』シリーズもそうだと思うが、そうした平時日本の徒花のような作品群の先で、現代的な表現を目指したいとも思ってる。

後衛の位置から

 そして、2年前と今回とで3人ほどのお客さんから「絵にメッセージ性や落としどころをどうして持たせないのか」といった指摘がされた。私が「落としどころ」を明示しないのは、数十年先の社会の変化をどうしても想像してしまうからだ。芸術の進展や変化より、現代の社会の流れの方が圧倒的に早いので、アートが提示することの先を世の中は絶対行ってしまうものだと思ってる。芸術の進展は経済や政治や思想やテクノロジーに比べて、どうしようもなく遅い。こればかりはしょうがないことだ。しかも、メディアとしても、芸術作品というのは大変に非効率でもある。

 例えば、小林多喜二は今でこそ読まれてるが(実際すごく文章が巧いしエンターテインメント性もある)、一時期、数十年は全く陳腐だとされていた。具体的メッセージが強いほど、20年30年経た時の陳腐化やキッチュ化は避けられない宿命にあるように思う。それをなんとか過ぎて残れば、古典になるのだが。
 私の歴史画の美術家としてのスタンスは、前衛であるよりも、丸山眞男の言ったような「後衛の位置から」が適格であろうと考えている。



偶然の遊び(アレア)

 10月27日個展最終日に観に来てくださった@さんによって、カイヨワの遊び論から個展レビューを上げていただいたので、紹介する。自分からカイヨワの名前を出しておいてなんですが、正直に告白すれば、走り書きメモを元にしていたに過ぎないので、私の理解よりも造詣が深い。

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『_YOWさん個展(2012年10月@東京)の感想メモ』http://togetter.com/li/397306

 正直に告白すれば、アゴンについて念頭になかった(^^;。占いに関する記述からヒントを得たのだったが、短い読書メモを元にしていた。ただ、レビュー頂いて、作者の思わぬ方にサブストーリーが広がっていくという、新鮮な体験をしました。こうして日本のアニメやコミックは発展してきたのだなあと、改めて思いました次第です。




 

*1:一応正確な記述をここに残しておくことにします。

ベンヤミン「歴史哲学テーゼ」精読 (岩波現代文庫)

ベンヤミン「歴史哲学テーゼ」精読 (岩波現代文庫)

9章「『新しい天使』と題されているクレーの絵がある。それにはひとりの天使が描かれており、天使は、かれが凝視している何ものかから、いまにも遠ざかろうとしているところのように見える。かれの眼は大きく見ひらかれていて、口はひらき、翼は拡げられている。歴史の天使はこのような様子であるに違いない。かれは顔を過去に向けている。ぼくらであれば事件の連鎖を眺めるところに、かれはただカタストローフのみを見る。そのカタストローフは、休みなく廃墟の上に廃墟を積みかさねて、それをかれの鼻っさきへつきつけてくるのだ。たぶんかれはそこに滞留して、死者たちを目覚めさせ、破壊されたものを寄せあつめて組みたてたいのだろうが、しかし楽園から吹いてくる強風がかれの翼にはらまれるばかりか、その風のいきおいがはげしいので、かれはもう翼を閉じることができない。強風は天使を、彼が背中を向けている未来のほうへ、不可抗的に運んでゆく。その一方でかれの眼前の廃墟の山が、天に届くばかりに高くなる。ぼくらが進歩と呼ぶものは、<この>強風なのだ」

*2: (1).認知科学と「社会的な問題意識」を対置させるというところには違和感がある。(2). 「描き方」や「速そう」という感覚に訴える認知的な発見(?)をする、となると、表現のあり方としてはある程度規定されるのではないか。(3). ある問題意識についての知識が無いと理解できない芸術は果たして「だめ」なのかどうかというと、一概になんとも言えない。背景の問題意識だったり、タイトルなどの文章と、作品とを交互に見合わせ、それで面白さが深まる作品というのは沢山あるのではないか。(4). これは@さんからの指摘で「「芸術には普遍性がなくてはいけない」と主張し(すぎ)ているのではないか、という点。などなど。