蠅の女王

小倉涌 画家 美術家 アーティスト 歴史画

個展『二月革命』を終えて -その1

小倉涌展 Yow Ogura LOWER AKIHABARA.|Exhibition 2018 展覧会情報|
小倉涌 歴史画シリーズ第二弾 個展『二月革命
LOWER AKIHABARA.
2018年9月22日〜10月6日

 個展を終えて早1ヶ月と少し経ってしまいましたが、この間、クラウドファンドのお返し品の発送作業があったり、事務的な用事があったり、色々とタスクがありまして、作品サイトへの作品画像のアップも一昨日やっと済んだというあんばい。次回のシリーズの話をあちこちでしてきたので、個展終えてすぐ、協力してくださる方と会って話したりメールのやり取りをしたりということも。作品サイトへの更新、ステートメント等の英文版はもう、日程がアレなので翻訳家に依頼して作ってもらいました。今回の記事では、重複になりますが、作品サイトやポートフォリオに出したステートメントを掲載していきます。で、次回、他の作家さんの参考になればということで、クラウドファンドを利用してどうだったか経験談を書こうかと思っております。

 全体の総括としては、絵画という体裁でこれだけやろうとすればやれることをキッチリ示せて、成功したと思います。個展前にグリーンバーグ批判書いてみたり、藤田嗣治戦争画について調べてみたことも、今後も歴史画やっていく上でやっておいて良かったなと。

二月革命』シリーズ全体のステートメント

久々の個展ではしゃぐ作者
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 構想段階で、ソヴィエト政治史の第一人者・下斗米伸夫の本に先ずあたっていたが、2013年頃からロシア正教の異端である「古儀式派(分離派とも)」とソヴィエト初期の関わりについて、氏は着目して著作を出していた。それを読むにつれ、子供の頃から親しんできたロシアの近代絵画、ドストエフスキーといった芸術のテーマの根底に、正教会と古儀式派の対立の歴史や、古儀式派のネットワークの存在が描かれているものが少なくないことを知るようになった。「宗教は阿片」という言葉に代表されるように、マルクス主義やソヴィエト評議会は無神論であるとのイメージがあるが、革命前夜から初期には古儀式派のネットワークが活動を支え、影響を与えていたことを下斗米は文書や議事録の存在から示している。現在ロシア政府は正教会に親和的で、宗教と革命政治の関連に着目することで、現代の混乱状況も作品テーマの射程に入れられると考えた。
 かつての宗教ネットワークとロシア革命の関係は、今後、日本の各分野でも注目が高まるだろうと考えられる。

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図説 ソ連の歴史 (ふくろうの本/世界の歴史)

図説 ソ連の歴史 (ふくろうの本/世界の歴史)

神と革命: ロシア革命の知られざる真実 (筑摩選書)

神と革命: ロシア革命の知られざる真実 (筑摩選書)

 構想練るのに、日本語の文章だけ探してたんですが今更ながらそれが非常に悪かった笑。というのは、ロシア正教やロシアメシアニズム、汎スラヴ主義についての書籍はがほとんど無いようで、本探すだけで随分時間をロスした感。こんなに馴染みも無いのに今回のテーマで宗教の部分に焦点を当てるかどうか、調べつつ随分長いこと迷いました。とりあえず縛りとして、マルクスレーニンなどのアイコンは使わない、赤旗は使わない、といった分かりやすい表象を排除することを自分に課してまして、こういう楽なことをするとオリエンタリズムに流れかねないという考えからなのですが。で、なんでテーマを二月革命にしたかというと、前回のマッカーサーシリーズが八月革命だったから、という人との会話上のただの冗談から始まったこの企画。ロシアクラスタでもないし、ソヴィエト史に詳しいわけでもなく、しかし帝政末期ロシアの近代絵画については、子供の頃から美術館に連れられ観て感銘受けてきたし、またエイゼンシュテインの映画は美大生の基礎教養でもありまして、近代ロシアの芸術を取っ掛かりにすることにしました。宗教的側面はですね、一応正教についての本何冊かと、メシアニズムに関する本、下斗米さんの本は読んだけど、あとはもう、見切り発車ですはい。読んでも読んでもキリが無く「よく分からない」としか(ぉぃ

ロシア思想史―メシアニズムの系譜

ロシア思想史―メシアニズムの系譜

『皆殺しの天使』

『皆殺しの天使』2015年 F30号 パネルにキャンバス、テンペラと油彩の混合技法

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 ストリートの悪童たちが黙示録の天使となって、新たな政体の始まりを告げている。暴力と騒乱の時代の到来である。
 背景のイコンは、ロシアの画僧アンドレイ・ルブリョフが描いたものをモチーフにした。
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 この作品をシリーズ全体の導入の作品と位置づけ。天使の足元にはニガヨモギ。黙示録で「ニガヨモギ」としたのはどうやら誤訳だったようですが、ま、描く前にそれは知ってたけど、とりあえず登場させることに。モチーフにするためにニガヨモギは輸入の種を買いましてね、家でせっせと育てたもんですよ。



 こうしてこの作品は、アブサンの思い出に回収されていくのだった…

モダニストの船』

モダニストの船』2018年 F100号 パネルにキャンバス、テンペラと油彩の混合技法

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 1922年8月から9月、レーニンは大学の人文学者など、大量の知識人を国外追放するという粛清を行った。これはのちに人々に「哲学の船」と称され、現在もヨーロッパでは言論の自由などに対する抑圧の問題に際しては「哲学の船か!」と反論するそうである。この作品では、ヨーロッパツアー中に革命が起きてそのまま母国外に流れることになったバレエリュスと、ヨーロッパに渡ってキャバレーを開いたロシア移民を題材に描いている。自由主義の芸術家たちを乗せた船、とも考える。それを「モダニストの船」としたのは、ここで描かれた『春の祭典』がまさにその典型だが、当時のモダニズムアートがModernという先進性を志向すると同時に、野蛮さへの回帰(による解放)という相反したテーマを好み、享楽的であればこそ自由と謳う。

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 ここで描いたのは、ニジンスキー振り付けによる前衛バレエの先駆けである『春の祭典』ですね。マリインスキー・バレエ団の舞台DVDを参考にしました。

 2009年かな、BBCが製作したドラマで、1913年『春の祭典』初演時にいかに客席から野次られたかを描いた『Riot At The Rite』というのがありまして、こちらも観ました。

Rite of Spring. THE RIOTOUS PREMIERE! (from the film "Riot at the Rite" part-2)
 まあニジンスキーといえば、山岸涼子さんが昔漫画作品を描いており、私は少女時代にそれで学んでいたんですよね。 春の祭典発表当時は、ディアギレフの伝記『ディアギレフ―― 芸術に捧げた生涯』によると、舞台照明で上からのスポットライトを導入した劇場が現れだした頃で、一方昔ながらの下からの舞台照明のみの劇場もまだ残っていたそうで、ドガの踊り子シリーズを想起してもらうと良いかと。
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 なので、この作品も、下からの照明があたっている状況に描いてます。
 粛清事件としての「哲学の舟」は大学教員や人文学者といったインテリゲンチャーが対象ということだけど、それに含めて良いのか、哲学の舟の少し前にカンディンスキーなどの芸術家が国外亡命してますね。ディアギレフらバレエリュスの場合は、ヨーロッパ公演で回ってる間に革命が起きて、帰国しそびれた、という感じだったようです。つまり、実力行使で国を追放されたというのではない感じ。

『阿呆女の舟』

「阿呆女の舟』2018年、F100号 パネルにキャンバス、テンペラと油彩の混合技法
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 西洋の寓意画で「愚者の舟」あるいは「阿呆舟」という題材があり、古くから様々な画家によって描かれてきたが、阿呆女の舟もその亜種の一つで、そもそもは享楽的な女性を戒めるような題材であるが、ここでは帝位を追われて最後は銃殺されてしまったロマノフのアレクサンドラ皇后と皇女たち(女子の格好で育てられた皇太子を含む)と、トルストイの、激しい恋よりも信仰と博愛による幸福を描いた小説『アンナ・カレーニナ』のヒロインが乗っている。舟はケシ畑に浮かんでいて、アレクサンドラのカルトへの没入がロマノフ王朝の没落を招く要因の一つだったことを表す。皇女たちは亡命先を求め、電話交換機に向かってる。彼女らの頭上で、各国の旅券スタンプがアウレオラとして輝いている。第三インターナショナル記念塔が鳥籠のように彼女らを覆っている。
 トルストイは生前から宗教観でも人々に影響を与えていて、理想的なコミュニティを目指す「トルストイ主義」として知られていた。トルストイ主義はロシア革命初期は多くの活動家にも受け入れられていたのと、のちにガンジーにも影響を与え、非暴力主義の抵抗運動へと至った。そこでこの作品でのアンナ・カレーニナは、南アジア系の人物として描いた。

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 トルストイ主義というのも、それが理想としたのが聖フランチェスコという西洋美術史上でも人気のある聖人、というとっかかりがあったので。
 ケシというか園芸種のポピーは、種から育てたけど、日本の温暖で雨の多い気候には馴染まないらしく、高原とかでないと難しいっぽいです。外来種の野生はよく生えてるけど、鉢に移植してもすぐ萎れて、移植は出来ないみたいです。結局、造花を買ったのと、写真資料で描き上げました。

『ODESSA』

『ODESSA』2018年 320cm×130.3cm(F100号×2)、パネルにキャンバス、テンペラと油彩の混合技法

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 エイゼンシュテインの映画『戦艦ポチョムキン』で描かれたオデッサ階段の虐殺は、実際には史実ではない。しかし2014年春、ウクライナ市民の間で親ロシア派と反ロシア派・ウクライナナショナリストの市民間で凄惨な内紛が起こった場所がまた、オデッサだった。私は、ちょうど二月革命シリーズを構想していた最中でそのニュースを追っていた。この絵では、映画と同じように人々が政治の実力行使から逃れるようでもあり、略奪も行われている。階段の先には戦艦ポチョムキンが主砲をこちらへ向けつつ控えているが、艦上は「動物農場」になっている。大群のネズミは感染のメタファーである。
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  オデッサ階段落ちのオマージュ作品というと欧米では割によくある、らしい、とどなたかのつぶやきを目にして、大作で描く時は、これはまんまやるのでは絶対ダメだな、と。私は映画『アンタッチャブル』くらいしか思いつかなかったりしたけど。乳母車の代わりに、子供の時に日本でのトレチャコフ美術館展で小さい秀作だったけど、観て感銘を受けた『モロゾーワフ人の逮捕』のオマージュにしました。実際は幅5mくらいある大作。
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 これ、なぜ子供の時に感銘したかというと、思想信条の違いで、逮捕され投獄され、処刑される世界の恐ろしさというのをこの時の美術展で教えられたからです。ほか、レーピンの『革命家の逮捕』『ボルガの舟曳きの農奴』などが来てました。

 そして、ねずみさん。描いたことないものを描く時は色々心配性になるのですが、当初、ペット用のねずみを飼った方が良いかどうか、かなり真剣に考えてたのですが、留守にしてる間世話は任せられるかなどの問題で、実現せず。まあ、馬といった大型動物ではいざ知らず、こうした小動物は資料見てるだけでなんとかなるもんだなあと学習しました。

 で、この作品では階段はエスカレーターに。これは9年前、同人誌『筑波批評』さんの表紙を描いた時に「エスカレーターで」との注文があったのを思い起こして、エスカレーターにするか石畳にするか、小品で試作的にやってみまして、縞が集中線の効果になることに気がつき、大作ではエスカレーターの方を起用。このオデッサ階段は、集中線がより収束していくように見せるため、上面図では扇型になってます。
yow.hatenadiary.jp

『ODESSA』2013年、F6号 パネルにキャンバス、テンペラと油彩の混合技法
『ODESSA』2013年、F4号 パネルにキャンバス、テンペラと油彩の混合技法

『イコン』

『イコン』2015年 P30号、パネルにキャンバス、テンペラと油彩の混合技法
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 幼児キリストは荒野で隠士姿のマグダラのマリアの膝上に乗っている。トルスト派が聖フランチェスコ派のような素朴な生活、あるいは宗教的アナキズムを旨とするコミュニティを理想としたことに基づいてる。足元には説法を聴きに狼や小鳥が集まっている。背景はカジミール・マレーヴィチの「0.10」のインスタレーション、これはロシアの各家庭にあるイコンコーナーを模した作品だった。

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 足元に集まる小鳥や狼は、聖フランチェスコを描いた『小鳥への説法』といった宗教画のお約束事からきてます。
 このように、今回の二月革命シリーズでは、自分が子供時代〜美術科高校時代〜美大と、ずっと慣れ親しんできた西洋美術史の作品群がかなり大きなとっかかりになってまして、次回、性風俗と法の規制というのを大上段のテーマに据えてやっていくことにしてますが、二月革命とはまた違う方向を模索してみよう、とも思ってます。


 それでは、今日はこれにて。