蠅の女王

小倉涌 画家 美術家 アーティスト 歴史画

患者の心が折れないようにする医療現場のケア体制が凄い!

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 さて今、私は自宅。一時退院という形で帰省中。
 ただいま自分一人でようやく、鼠蹊部のガーゼ取り替え処置を終えた。所要時間1時間以上。
 激痛堪えながら自分でやるのがこんなに困難とは。その前に痛み止めを飲んで置いてたが、麻酔とは違うんで効果なし、事後にさらにロキソニン飲んで、これを書いてる。
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 自宅には1ヶ月の一時帰省。この間にこれまでの作品(新作ではない)の東京搬出やら色んな手続きの用事を済まさないといけなく。
 今、腎機能が薬の影響で落ちてしまってるため、足からスネに水が溜まっているのだが、自宅だから対処しようなく耐えている。
 がっ!実は往診に特化したの医師が明日来てくれる
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 この往診のクリニックを紹介してくれたのが、病院に内勤してるソーシャルワーカー氏であった。まだ30歳前半だと思うが有能で、帰省にあたり、色んな「チーム小倉」のためのメンバーを固めてくれた…。
 訪問看護の保険適用スタッフと、家事代行もしてくれるスタッフは正月も稼働(正月料金)、往診医はほぼ24時間体制。往診医は病院との連携もとれていて、こちらの要望を私の代わりに病院に交渉もしてくれる。
 凄い、凄すぎてもはやカルチャーショックだった。

 自力で夜中に孤独に、痛みに耐えながらガーゼ替えしてると、「病気を苦に自殺」という文字列が浮かんできた。結論から言えば、こういうことでの自殺件数を減らす行政などの取り組みの一環が、この手厚さなのではないかと。

 そりゃ、こんなことでも毎日頼る人がいないと心も折れるわ…。私は、往診の無い日は自分でやらざるを得ないだけで、明日は看護師にお任せできる。一昨日から浮腫と人面瘡のために歩行困難に陥ったため、買い物のままならない体に。おまけに、薬の副作用で、口の中がひどい口内炎、固形物が食べられなくなった。食欲は普通にあるのに。そしたら、訪問薬剤師が手配され、5種類のフレーバーの栄養補助食品が家まで届けられた。

 身体の不調が今局所的にあるが、人面瘡(あえてこの病名で通すw)筆頭にどれも「痛い」のばかり。それ以外の本体や頭脳、腕と手は元気だ。にも関わらず、自宅で孤独に処置や不自由を引きずって生活やってたら、誰でも心が折れるだろう。私も、耐えきれず全ての用事を放棄して再入院を選ぶしかなくなる。

 心が折れずに済む手配がめちゃ手厚いのに驚いてる。こんな世界があったなんて。ことの始まりは一年前の癌の肝臓転移による入院中。私は何も言ってないのにお助けマンたちは「向こう」から歩み寄ってきたのだ。

お助けマンたち参上

 ことの始まりはこのようにして訪れた。
 入院すると先ず薬剤師、栄養士、看護師長などが様子見や挨拶、手術があるなら麻酔医などが顔合わせに来る。その流れでヒョッコリとソーシャルワーカー氏が挨拶にくる。彼女と私は実際は歳の差あるが、同年代のように雑談に転じていく。

 心配してることは無いですかとの問いに、真っ先に親族が私の作品を、将来的に処分したり好きなように弄るのを法的に阻止したいという話を持ちかけた。身内の恥を恥とも思わず、どこへ行ってもこの話はする。Twitter検索で「@yow_ 甥」を入れるか、以下のスレッドを参照。



 ソーシャルワーカー氏との雑談は
「えっ、画家さんなんですかー、私画家の人って初めて見たーw」
iPadに入ってるポートフォリオを見せる
「ええええ!凄い!」
まあね、ボカあ凄いんだぜ。
というながれがあり、
「その心配事って小倉さんにもしものことがあったとき、ですねえ」
「はい、ハハが相続することになるけど、もうひたすら頼りない状況で」
今、肝臓がこんなグロいことになっちまったからには、自分のもしものことは考えてみてもいいかもしれん…と心が動く。

「では、手始めにお母様のことを司法書士に頼むというのはどう?私がお付き合いある事務所があって」
ふむ、手付けに20数万円でこれだけ幅広く動いてくれるものなのか初めて知った。「では会ってみます」
すぐアポイントがその場でとられ、やがて司法書士さんとソーシャルワーカー氏3人で和気あいあい雑談交えての面会。
 司法書士さんにハハの見守りをお任せする契約はすぐ決定出来て、なされていった。その上で私も守られているという感じがあった。これはお客様満足度が高い。
 ソーシャルワーカー氏は、私やハハの医療負担をなるべく抑えられる役所手続きも教えてくれた。そして私は、抗ガン剤の通院治療スタートに移行するため退院。
 
 そして月日は流れ、あれから一年後、今度は人面瘡が鼠蹊部になぜか湧く。そこで即皮膚科入院となった。皮膚科と同時に、
抗ガン剤の投与による不都合が発生、血小板の値が低すぎて危険水域、抗ガン剤を停止してホルモン治療に切り替えられるも、今度は癌細胞が盛り返してくるという危ういバランス状態に突入してしまっていた。

 その病状が主治医からソーシャルワーカー氏に伝えられ、急遽、司法書士さんに私の見守りについても契約をとっておこうということになった。転ばぬ先の杖だ。今後のことがまた三者で和気あいあい且つテキパキと話し合われた。
 あ、その前に、ソーシャルワーカー氏が人面瘡が厚労省で難病指定にあり、それで申請をしたら医療負担が更に抑えられると教えてくれて、住民票を取りに行くなどで私も動かなくてはいけなかったが、ソーシャルワーカー氏がこれにも主に動いてくださった。


 12/23、東京で個展をしたギャラリーオーナーさんに再入院のことを告げたら、じゃあ、もっと広く多くの人に作品観てもらうことを目指しましょうと始動してくれて、その作品搬出や作品の整理、あと役所や生保や色んな手続き、家の整理等のために、27日から1ヶ月間の帰省を申請。
 
 退院申請が下りるかどうか待つその間、相変わらず雑談しながら、ソーシャルワーカー氏が帰省中の不便を解消するため、病院と連携が出来る往診医、訪問看護、家の片付けを手伝ってくれるサービスに次々に連絡をとっておさえていってくれた。訪問看護は、冒頭の人面瘡のガーゼ処置や訪問薬剤師を呼んでくれる。

 でもね、この時期、正月はさんでるんだぞ?その間ふつう休業するでしょ…
でも30日もガーゼ交換と往診医が訪問に来てくれ、病院側に私の要望を伝えるため動いてくれた。家事代行サービスも電話が通じて、正月料金増しで頼むことが出来るし、介護タクシーの手配もしてくれた(人面瘡ろ浮腫のため、歩行に困難なう)。31日大晦日もガーゼ交換に看護師さんが訪問してくれた。

 なんだろう、この手厚さは!!私が特別じゃないんだ、ここには何かの意思が働いておるとしか思えない!
そこで、冒頭の孤独な作業中に浮かんだ推論に戻る。
「孤独による絶望に至る前に、ケアを発動する」
「病気を苦に自殺というようなことの前に、予防的に積極的に働きかける」
私はそんな踏み込んだケアの一環を受けてきたのだ。

 私の場合、これはいわゆる「緩和ケア」だ。一年前の時点で、「小倉に緩和ケア発動!!」指令が出ていたのだ。そして非常に迅速に、看護師や主治医含めて、「チーム小倉」が構築されていった。私がそれと気づかない風に歩み寄ってくる。私はただただ、その人達とフレンドリーにしてきただけ。

そこで、京アニ事件の犯人の、「こんなによくしてもらったことがなかった」と言ったニュースに想いを馳せる。

 あの犯人がどこの病院でケアを受けてるかは知らないが、私が経験しているように大勢の「チーム」に支えられて生きてるという実感があの言葉だったのではないかと。「独りじゃないよ」と言われなくても、独りじゃない実感が確固としてある。
 先回りの、予防的な、一歩も二歩も踏み込んだ、かつ組織だったケア体制。
病気や何か苦に絶望してセルフネグレクト状態になるというビジョンが「さもありなん」として、今回は私にも実感として見えた。セルフネグレクトにならせない、病苦で自殺に至らせないようにするには、これだけ、手厚い体制が必要なのかもしれない。